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今回は後編! ユカタンへの2回目の度から、メキシコシティに到着するまで。お楽しみください!
また来たよ、ユカタン!そして。。。
また戻る!という約束を忘れる事無く、大学4年目に、今度はマヤ語を習得するべくユカタンに帰還しました。この2回目のユカタンへの旅が、人生を大きく変える様な決断へとつながるとは思いもよりませんでした。
着いた瞬間から、久しぶりの人、久しぶりの風景に「やっと帰って来た!」と幸せいっぱい。「ここに住む事になっても、悪くないな」という思いが頭を横切ることも。その「悪くないな」が現実になったのには2つの大きな原因があります。
一つ目は今一緒にいるユカタン出身の彼に出会った事。前に来たときから知り合いではあったのですが、2回目に来た際、久しぶりだから会わないかと誘われ一緒にコンサートを見に行きました。なるべくマヤ語に触れられるように、首都のメリダを離れてMayahablantes (マヤ語話者)ばかりの小さな村にいる事が多かったこの期間ですが、メリダに戻って来る度に彼と会って、一緒に過ごす事が多くなりました。プログラムが終わる頃、正式に「彼女になってくれないか」と申し込まれました。
二つ目の理由は、スペイン語の先生から、「もしこっちに来る気があるなら、私の学校でプログラムを手伝ってもらいたい」と仕事のオファーをいただいたこと。お給料は多くはないけれど、4年生後半で就活を始めておらず、将来の道が定まっていなかった上、先生の仕事にとても興味を持っていた私にとってはとても「良い話」でした。この二つの理由を足がかりにして、ついに彼にも「OK」の答えを返し、ユカタンで1年暮らしてみる、という決断をしました。
思いがけない引っ越しと現在
大学に戻って卒論を終え卒業、一端日本に里帰りしてから、いよいよ再びメキシコへ。一年のお試し期間、と決めて、大好きなユカタンでの生活が始まりました。先生の学校で英語や日本語を教えたり、自分も参加した大学のプログラムの主催側としてたくさん学び、たくさん働いた。正式に付き合い始めてからずっと遠距離だった彼ともやっと一緒に過ごす事ができた。彼の家族や友達と会ったり、時間の有るときはちょっと遠出して村やセノーテ、遺跡を探検したりと充実した日々でした。
が、1年と決めたにも関わらず、思ったより早いタイミングで転機が訪れました。6ヶ月経った頃、突然彼がメキシコシティで働く事に。一緒に行くか、ここに留まるか、はてはいっそ日本に帰るか?選択を迫られた私。「また遠距離は嫌だ」という気持ちが強かったのと、ユカタンは賃金相場が非常に低く、このまま生活していくのがきつかったということで、思い切ってメキシコシティに引っ越し、という結果になりました。
ユカタンはこんな神秘的な地底湖セノーテで有名です。ジャングルの奥の村にぽつんと有るようなところを探すと、人いないし汚染されてないし、入場料もほぼ無料!と言う訳でこれがどこかは教えません。。。
大都市にびっくり!
メキシコシティは、はっきり言ってユカタンとは別世界。ここに来て初めて、「メリダって田舎だったんだ!」と気づきました。まるで九州とか四国の「大きな」町に住んでた人が初めて上京したかのようなカルチャーショック。メトロがある!でっかいビルがある!人が東京並みに密集している!(調べてみると世界の都市の人口密度ランキング、東京が1位のところメキシコシティちゃっかり4位ランクインしてますね。参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/世界の都市圏人口の順位)
シティについてから本格的に就活を始めました。現在、仕事も決まり、ようやく「暮らし」の形が安定して来た時期。ずっとやってみたかったメキシコでの暮らしについてのブログ、始めるなら今だ!という訳でこのブログが誕生しました。
街だー!でっかい街だー!